先祖供養のありかたについて悩んでおります。長くなりますが宜しくお願いします。大阪在住の30歳既婚女性です。私には、生まれた時から両親がおらず母方の祖父母と祖母の姉(大叔母)に育ててもらいました。しかし、私が中学生のときに生みの母が現れました。私の父とは未入籍のまま別れ私を生みその後別の男性と籍を入れ子がおり、更に既婚のまま別居状態で別の男性との間にも子が2人おり現在も暮らしています。中学生になり初対面した母からは『お前はいらんかったけど金が無かったからおろす金もらう為に帰ったらじじい等らが生んでくれって言うから生んでやった』と言われ、私を生んだ恩を着せるように職に就かない同居男性と子供2人で私たち祖父母、大叔母の家に毎日のように食事をしお金をたかりに来るようになりました。渋れば老齢の祖父に男性が暴力を振い威張ります。そんな暮らしに耐えかね私が働き始めてから祖父母を連れ市内へ逃げるように引っ越し私が生活の面倒を見ながら暮らしていました。(大叔母は私が19歳のとき亡くなりました)私は23歳で結婚しました。しかし、なぜかその後も祖父は彼 らと連絡を取っていたようでした。そして3年前祖父は突然祖母を半ば強制的に連れ彼らの家に行き一月後に亡くなったと男性から連絡が来ました。私たち夫婦は葬儀に出ましたが阻害する様な険悪な応対をされましたが葬儀をあげて貰っているので感謝の言葉を述べ帰りました。そしてその1年後祖母が亡くなったと連絡が来ました。お盆前でした。祖父が亡くなった時は私はまだ情けないことに先祖供養というものが実感としてありませんでした。そして生みの母達との関係もあり初盆なども電話をするのが精一杯で日が流れ1年が過ぎ祖母が亡くなり,私の身寄りが居なくなったことで供養の実感や祖父母、大叔母への感謝の念から先祖供養を考えるようになりました。祖母が亡くなって直のお盆に行くと前年亡くなった祖父のお骨と並べて埃だらけのボール紙の祭壇に置かれたままでした。花も線香も無く。その時も冷たい対応だった為、私は占い師に助言を求め大阪の一心寺に昨年のお盆からお参りをしています。彼らとは全く連絡は取っていませんし向うからも有りません。なので今お骨がどのようになっているのかさえわかりませんが彼らと縁が切れていて連絡したぁ ?發覆い里任垢??〕椶?海譴任いい里?發錣?蠅泙擦鵝?泙此∩追稱譴録晋製,任△辰燭海函0貎柑?芭匹い里?△修靴洞〕椶遼寨茲了妬??せ?舛量簑蠅箸靴討海里泙洌貎柑?砲?欧蠅鯊海韻椴匹い里?だ菫弔紡个靴独爐蕕紡个靴銅??竜せ?舛箸隆屬杷困鵑任?蠅泙后D絞戸霾舷修渓??蠅泙擦鵑?△棺?世?蠅っ廚靴泙
寄せられた回答
はじめまして高野山真言宗の僧侶ですご苦労なさったのですね、情けないことはありませんよ。今現在考えられているあなたは立派だと思います。供養についてかいつまんでお話申し上げます。私の私見も入ってしまうでしょうから、少し眉につばをつけてお聞き下さい。先ず、お骨や位牌は粗末に扱われるのは大変御心苦しい事かと存じますが、今あなたがお気になさることはありません。葬儀とは元来「成仏」させる為の儀式でありますから、言葉は悪いのですがお骨は抜け殻であると言えましょう。仏壇、お墓は窓口の様なものとお考え頂ければ宜しいかと存じますご本人(お祖父様)がその仏壇に縛り付けられているわけではなく、別の場所にいらっしゃって、仏壇や位牌、お墓を通してアクセス出来る場所である、程度にお考え頂ければ宜しいかと存じます。確かにお骨はご本人様にご縁深かったものですから、窓としての縁にはなるでしょうが、そこは居心地の悪いことは間違い有りません。一心寺様にお祀りされているならば、そちらでご供養を受けられていらっしゃることでしょう。ですから、生みの母様の行為が為に故人が苦しむなどということは考えなくて善いかと存じます 。さて、ところで、供養とは「供え養う」と書きます。お盆などにお菓子、果物をお供えしますが、それを以てご先祖さんを養っているから供養というのかというと、そうではございません一つにはお供えすることで、自分の心に優しいものを養っていくからこそ、供養であると。また、日常生活において、ある瞬間瞬間に、家族や子供を見て、また見ず知らずのご老人が歩道でいらっしゃるのを見て我々はふと優しい心を、暖かい心を持つ事があるかと存じますその心をお供えする、その心を以て手を合わせるから供養であると。この二つは齟齬なく循環していくことになりますよね。べつにものを捧げるだけが供養ではありません。同じような言葉に「布施」という言葉がありますこれは今では「僧侶に渡すお金」の意味で使われますが「与える行(ぎょう、修行)」の意味でもあります。この「布施行」には「無財施」ということが説かれておりましてその字の通り、お金やものを用いないで「与える行」を差します。その中には例えば「和顔施」といい、「和やかに相手に接すること」というものもあります。何を申したいかと云いますと、お供え物を供えて、立派な壇を築いてとされるよ りもまず故人を偲ぶ心を持って、冥福を祈る心をもって、手を合わされることが家族にできる何よりの供養になると云うことでして。結局「おじいちゃん、このお菓子好きやったなぁ」と云ってお供えするのも、故人を思えばこその行為であって、先ず先にもうしました「供養」の心があるわけです。「何でもええから、適当に買って置いといたらええねん」では喩えそれが何万円する品物でも、寂しいものでございます。出来ることでありましたら、その葬儀をされたお寺さんが解れば、そちらにお参りされた方が宜しいかもしれませんが。また戒名なども解られるのならば、それで拝まれましたら宜しいかと存じます。その「生みの親」という方々とは関係なく、あなたはそのお祖父様、お祖母様の血を受け継いだ家族なのですからお参りされるのにわざわざ気にされる必要は無いかと存じます。お墓があるならお参りすれば、喜ばれるのではないかと。お話を聞く限り、その方はこまめにお墓参りされるような性格のかたでもなさそうですので鉢合わせされることも少ないかと存じます。また、その方のお宅にあるお骨に関しましても、あまりお気になさらないで宜しいかと存じます。雑文失礼いたしました。何かのご参考にして頂ければ幸いです。どうか頑張って下さぁ い諭?△覆燭??擦砲覆蕕譴襪海箸癲∨榲?紡腓?紛〕椶砲覆蕕譴觧?搬犬犬泙后
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